2011年10月29日土曜日

バルセロナ5 街中のガウディ建築

バルセロナの街の中にはアントニ・ガウディ建築がいたるところに。
ホテルの近辺にも代表的な建築があり、内部は事務所やブティックなどごく普通に使われているのが凄い。毎晩夜のベッドから窓ごしに見えた青白くライトアップされたカサパトリョの夜景が忘れられない。

グラシア通りにある代表的なカサミラ      1991.9.23

これもグラシア通りにあるカサパトリョ      1991.9.23

2011年9月28日水曜日

バルセロナ4 ランブラース通り

会社は7:30始業で9時に15分休憩があり13時から1Hの昼休みで5時に終業する。夏時間で夜9時頃が日本の夏の夕方6時頃の感じで、夜10時頃からレストラン等も本格稼働し人出がピークとなり深夜1~2時まで賑わっている。では朝が遅いのかというと、そうではなく朝の通勤時間ピークは真っ暗な7時頃であり彼等は一体何時間寝ているのか。
日本人は睡眠時間減らして目一杯仕事する。スペイン人は睡眠時間減らして目一杯家族と過ごしたりして遊ぶ。と考えるとどちらも睡眠不足は同じということに。

金曜が半ドンで土日が休み。週2日半の自由時間を使って週末はバルセロナの街めぐりとなる。週末になるとよく行ったのがカタルーニャ広場から港まで一直線に延びるランブラース通りであった。
観光客なら誰もが立寄る浅草仲見世通りといったところか。

1991.9.19
バルセロナで最も賑やかで下町繁華街的なランブラース通りではいつもこうして高齢者が夜遅くまで延々とお喋りを楽しむ。カタルーニャ地方の人々が大切にしているのは、まずは家族のこと、そして仲間とのお喋りで決して仕事ではない。
通りにはレストランや土産物店が延々と並ぶ
ランブラース通りにあるサンジュセップ市場

2011年9月27日火曜日

バルセロナ3 バルセロナの休日

第二回目の訪問は1991年9月17日12:20発JAL401でM君と二人で成田を出発。
12時間でロンドンのヒースロー着、そこからイベリア航空でバルセロナに22:00に到着。夜のバルセロナの街路灯風景の中をマジェスティックホテルに着くとすぐに熟睡。
翌朝、提携先の会社のKがやって来てレンタカーがホテルの前に用意され、いきなりこれを運転してKに着いてこいとのこと。市街に出て郊外にある会社(工場)まで向ったが、郊外はどこも高速道路並みに飛ばし速度の感覚が日本とはまるで違う。
提携先の会社でこれからのスペイン生活面について打合せる。ガソリンの入れ方から欧州式ロータリーの曲がり方、駐車の仕方、食事、コインランドリー、宿、買い物など何もかもが日本とは違う。仕事の進め方も日本とは根本から異なる。


市庁舎近くの休日の市 1991.9.21

スペインらしい裏通り

ピカソ美術館
裏通りの住宅

2011年9月25日日曜日

バルセロナ2 市内巡り

バルセロナに来て3日目に初めて仕事なしの市内観光となる。
タクシーで主な市内名所を巡ったが、数日の滞在でバルセロナが判るはずもない。
やはりサクラダファミリアは圧巻であったが、それは名所のほんの一部に過ぎなかった。

サクラダファミリアから見た市街.街の向こうに地中海が拡がる 1991.6.28

サクラダファミリアから見た市街.モンジエックの丘方面を見る

初めて見るサクラダファミリア


2011年9月24日土曜日

バルセロナ1 グラシア通り

長い事探していた1990年以降のネガカラーが本日やっと見つかった。
もう20年も経ってしまったが、懐かしいバルセロナの街を写真で記録してみる事にした。詳細は別途とし、主な風景で日記を追いかけてみることにしよう。

マジェスティックホテルよりグラシア通りを見る。1991.9.26
ガウディ建築の有名なカサパトリョやカサミラが窓から見える。

この日仕事で初めてスペインのバルセロナを訪問。ガウディのサクラダファミリアや街中の建築についてはまだ何も知らなかった。何かがあるらしいくらいの知識しかなかった。
今回の数日間のキックオフミーティングから約2年間、日本とバルセロナを仕事で往復する生活が始まった。定宿へ移動するまではいつもグラシア通りにあるマジェスティックホテルを使ったが、近くにはガウティの有名な建築が幾つも並び、窓からあのカサパトリョがよく見えた。がそんなガウディの建築だらけの町であることを知ったのはずっと後で、この時はバルセロナの事前知識がまるで無かった。



グラシア通りに面したマジェスティックホテル
白シャツ姿が会社のキックオフメンバー

2011年6月29日水曜日

井の頭線の紫陽花

6月中頃に咲き始めた井の頭線の紫陽花も、
そろそろ梅雨明けで精彩がなくなったようだ。


井の頭線の紫陽花が咲き始めた頃. 井の頭公園 2011.6.13

2011年5月4日水曜日

吉祥寺音楽祭

吉祥寺に買い物にふらっと行ったところ、街の中は大変な人出であった。
5月の連休は、連日街の各所でライブが開催される「吉祥寺音楽祭」のことをすっかり忘れていた。駅前ステージでは、山野楽器音楽教室の先生達によるチェロ・カルテットが聴けた。


2011年5月3日火曜日

桜が終わり新緑の季節へ

 3月の新ダイヤになってからN101系の運用が掴めず
3ドア車で来るのは3000系ばかり。


 
 

東伏見 - 武蔵関       '11.4.25

2011年4月7日木曜日

石神井川の桜開花2

今日の桜は、撮像素子サイズ22.2×14.8mmのデジ一眼で撮影。


東伏見 - 武蔵関   '11.04.07

2011年4月6日水曜日

石神井川の桜開花

毎年同じ撮影ポイントで今年も撮ってみた。
撮像素子サイズ6.9×5.2mmのコンパクトデジで撮影。

東伏見-武蔵関  '11.04.06

武蔵関公園

2011年3月25日金曜日

大震災後の日常

3.11の東日本大震災から2週間。
街や鉄道は照明が暗くなった以外はいつもの日常と変わらず。


井の頭線  11.3.25

2011年3月19日土曜日

東日本大震災

3月11日の大震災から8日が経った。
原発事故の危機のニュースと余震でこの一週間ほとんど外出しなかった。東京は被災地ではないが今町の中は一体どんな状況なのか、今日は用事で久しぶりの外出で、その途上に街中を観察してみた。
いつも休日は大変賑わう吉祥寺の町のお昼前、計画停電は本日中止だが各店舗は節電で照明を落とし華やかな店は薄暗くなっていた。しかし人出は2/3程度であろうか。コンビニやスーパを除けば、当たり前だがパン屋にはパンがあり、他の買い溜め食品も十分にあり買い急ぐ不安は何もない。
井の頭線は車内、ホームの照明を消し、各停のみとし本数はそれほど落ちてはいない。
ということで、いつもと違うのはうす暗い店舗や電車の車内、そして若干少なくなった人出くらいか。原発事故で今も綱渡りの危機であるが、まるでそんなことは一段落したような人々の賑わいに違和感を感じたものだった。
大震災で悲惨な東北地方、原発事故でメドがたっていない日本の危機、こんな時にのん気に写真を撮る事でさえためらってしまう。

2011年3月6日日曜日

ブルーグラストーク会 フィドル編

3月6日、一橋学園ローリング・ビーンズで佐々木ジンさんのトーク会が開催された。
今回で第4回目のトーク会はフィドル特集で、沢山の人が集まった。
トシローさんのギターをバックに、Y田さんの素晴らしいブルーグラス・フィドルの演奏
にうっとり聴き惚れた。今の国内ブルーグラス界で、フィドルの第一人者であろう。
正確無比のクリアな演奏に、写真もクリアに撮れた。


フィドルの演奏


ジンさんのブルーグラス・トーク

2011年3月5日土曜日

溜池界隈

3月4日の溜池。だいぶランディックの立替の新ビルができてきた。
3月中にはオープンするのだろう。この界隈の風景も一変してしまった。
今夜は赤坂見附の駅前で会社現役組と飲み会であった。

2011年2月25日金曜日

真壁のひな祭り

真壁のひな祭りで、期間限定の真壁行きバスが3月3日まで運転している。
つくばEXでつくばまで行き、そこでこのバスに乗り懐かしい真壁へ行って来た。
筑波鉄道の廃線跡めぐりを楽しんだ後、おまけで真壁の街中を自転車で散策。
真壁は文化遺産指定の建物が多く残された素晴らしい町であった。

↑真壁の家々の中に上がり、古いひな人形を見せてもらえる。
江戸~昭和まで古いひな人形が展示されている。↓
無料レンタル自転車↑に乗って。


つくばエクスプレス 北千住からつくばまで50分。

2011年2月15日火曜日

最後の筑波鉄道



筑波鉄道   雨引  1987.1.18

1987年3月の廃線前に撮り続けた筑波鉄道。
1980年後半のネガカラーを初めてスキャナで取込んでみた。
この時代のネガは損傷も少なく、デジタル写真とは違うカラーが楽しめそう。

2011年1月29日土曜日

小田急さよなら5000形10両

本日の新宿駅。「さよなら5000形10両」のヘッドマークを付けた5000形10連(6+4)が到着し、イベント客を乗せて11時22分に唐木田へ向けて出発した。5000形は最盛期は20編成120両が活躍し、残された最後の1編成が今月に消える。6+4の片割れ4両はまだ残るそうだ。これで小田急らしさを残す白い編成は消える。
小田急5000形と同様に、西武N101系最後の10連が西武新宿駅で見送られる日もそう遠くはないだろう。

小田急新宿駅  2011.01.29



2011年1月27日木曜日

業平橋の駅

月末木曜は定期検診の日。帰りにお茶の水から地理不慣れな東武沿線の業平橋へ行ってみた。初めて見る東京スカイツリーと業平橋の位置関係がこれでよく判った。業平橋の駅のこんな近くにスカイツリーがあるとは意外であった。
業平橋の駅   2011.01.27
来年には消えてしまう駅名「なりひらばし」


本日のタワー高さ559m  2011.01.27

2011年1月19日水曜日

富士見日数

武蔵野市にある成蹊気象観測所では、昨年は富士山が見えた日数が過去最多の116日となったそうだ。1963(S38)年から始めた半世紀の観測で、高度成長期の大気汚染から東京に青空がもどりつつある。

この冬は正月以外でも連日、富士山がクリアに見える。

2011年1月15日土曜日

全国駅弁大会

13日からスタートした毎年恒例の京王百貨店の全国駅弁大会。
青森七戸の「桜弁当」の包装は、南部縦貫鉄道で気に入った。


2011年1月8日土曜日

ブルーグラス・コンサート あれから1年。

昨年1月に続き今年も小平中央公民館でジンさん主催の小平ブルーグラス・コンサートが開催された。昨年、このコンサートがキッカケでRB店でのギャザリング、そしてブログ「黄色のたまこ」が生まれ、そこから分家した「地方私鉄1960年代の回想」はブログ訪問者が1000人/日を超える日も出てきた。お陰でその本家であるブログ「黄色のたまこ」の方は・・・・・



Aasada Hiroshi & THE WAKATE  2011.1.8

麻田さんはフォークソング・ブーム到来の昭和30年代末にマイク真木等と伴にモダンフォークカルテットを結成し、その後日本の音楽業界で活躍した有名人。麻田さんはフォスターのことを調べているとのことで、日本人が初めて見た米国ミンストレルショーについて少しお話ができた。

1854(寛永7)年3月、ペリー提督の横浜上陸。
幕府側応接掛や浦賀奉行所関係者の前でバンジョー、フィドル、ギターもどき
(当時まだギターが生まれてなかった)で演奏されたミンストレル・ショー。

2011年1月5日水曜日

2011年 新年

元旦の朝
元旦の富士

今年も初詣は天祖若宮八幡宮へ