ミディアムテンポでリズムを刻むご機嫌なノリ. Key of G
2012年4月28日土曜日
2012年4月25日水曜日
2012年4月24日火曜日
2012年4月22日日曜日
オールドタイム フィドル
これぞ今のオールドタイムのリズムで、オールドタイムとはこう弾かなくは、
そんなお手本となる素晴らしいフィドルとバンジョーの演奏。
そんなお手本となる素晴らしいフィドルとバンジョーの演奏。
大好きな曲 “Twin Sisters”が堪らない。
メガネのおばさんのギター演奏がいいな~
メガネのおばさんのギター演奏がいいな~
そして完璧なクロウハンマーバンジョー弾き!!
Clifftop2010 “Twin Sisters” -Emily, Adam, Beth, Pete, Joe
Key of D
2012年4月20日金曜日
ブログ再開
永いこと冬眠していた「黄色のたまこ」を再開します。
閉鎖の設定をしていた筈なのに何故かローリング・ビーンズさんのブログのリンクから小ブログに入れるのは全く知りませんでした。
ブログの再開は今週初めに撮ったハワイの画像から。
今回のハワイ行きでは全く撮る気が無かったのでかさばるデジ一眼は持っていかずコンデジで撮ってみたが、やはり撮っておいて良かった。
ありふれたハワイの風景でも、やはり写真でみると実物よりも数段に美しい。
そしてハワイのカラフルな被写体を撮ると、日頃の写りが悪いカメラ不満も吹っ飛んでしまいそう。やはりハワイの自然は日本にはない発色なんでしょうね。
ホノルルの夕暮れ(サンセットクルーズ) 2012.04.15
ワイキキ

ハワイ島ヒロ
ハワイ島ボルケーノ公園 2012.04.16
閉鎖の設定をしていた筈なのに何故かローリング・ビーンズさんのブログのリンクから小ブログに入れるのは全く知りませんでした。
ブログの再開は今週初めに撮ったハワイの画像から。
今回のハワイ行きでは全く撮る気が無かったのでかさばるデジ一眼は持っていかずコンデジで撮ってみたが、やはり撮っておいて良かった。
ありふれたハワイの風景でも、やはり写真でみると実物よりも数段に美しい。
そしてハワイのカラフルな被写体を撮ると、日頃の写りが悪いカメラ不満も吹っ飛んでしまいそう。やはりハワイの自然は日本にはない発色なんでしょうね。
ホノルルの夕暮れ(サンセットクルーズ) 2012.04.15
ワイキキ
ハワイ島ヒロ
ハワイ島ボルケーノ公園 2012.04.16
2011年11月3日木曜日
バルセロナ9 サクラダファミリア
2011年11月1日火曜日
2011年10月31日月曜日
バルセロナ7 工事中のサクラダファミリア

東側 生誕のファサードの裏側の内部工事 1991年6月
確か東側に工事現場用みたいなエレベータが付いていて
帰りは螺旋階段で下りてきた。
確か東側に工事現場用みたいなエレベータが付いていて
帰りは螺旋階段で下りてきた。

西側 受難のファサード 工事のクレーン鉄塔
タクラダファミリアの第一印象はこの巨大クレーンであった。

西側のクレーン鉄塔

西側脇の小塔はかなり出来ていた

西側脇の小塔はかなり出来ていた
2011年10月30日日曜日
バルセロナ6 尺度1/25のサクラダファミリア
東武鉄道が5年の歳月と28億円掛けて1993年4月に完成した東武ワールド。
東武ワールドスクウェアの尺度1/25のサクラダファミリア 2011.10.29
この模型がモデルとしたのは丁度あの1990年代初頭の工事の姿であった。
実物は今やメインとなる大聖堂も完成し、かなり外観が変わってきてあと15年ほどで完成。で当時のサクラダファミリアをこれからアップしてみます。
実物は今やメインとなる大聖堂も完成し、かなり外観が変わってきてあと15年ほどで完成。で当時のサクラダファミリアをこれからアップしてみます。
アントニ・ガウディの最大の建築サクラダファミリアはバルセロナで最も通った名所だった。
東武ワールドスクウェアの尺度1/25のサクラダファミリア 2011.10.29

西側の受難のファサードから入門し、裏側に廻ると東側に生誕のファサードがある.

内部は工事中で、2026年完成まではこの時点から何十年も先なのだ.
2011年10月29日土曜日
バルセロナ5 街中のガウディ建築
バルセロナの街の中にはアントニ・ガウディ建築がいたるところに。
ホテルの近辺にも代表的な建築があり、内部は事務所やブティックなどごく普通に使われているのが凄い。毎晩夜のベッドから窓ごしに見えた青白くライトアップされたカサパトリョの夜景が忘れられない。


ホテルの近辺にも代表的な建築があり、内部は事務所やブティックなどごく普通に使われているのが凄い。毎晩夜のベッドから窓ごしに見えた青白くライトアップされたカサパトリョの夜景が忘れられない。

グラシア通りにある代表的なカサミラ 1991.9.23

これもグラシア通りにあるカサパトリョ 1991.9.23
2011年9月28日水曜日
バルセロナ4 ランブラース通り
会社は7:30始業で9時に15分休憩があり13時から1Hの昼休みで5時に終業する。夏時間で夜9時頃が日本の夏の夕方6時頃の感じで、夜10時頃からレストラン等も本格稼働し人出がピークとなり深夜1~2時まで賑わっている。では朝が遅いのかというと、そうではなく朝の通勤時間ピークは真っ暗な7時頃であり彼等は一体何時間寝ているのか。
日本人は睡眠時間減らして目一杯仕事する。スペイン人は睡眠時間減らして目一杯家族と過ごしたりして遊ぶ。と考えるとどちらも睡眠不足は同じということに。
金曜が半ドンで土日が休み。週2日半の自由時間を使って週末はバルセロナの街めぐりとなる。週末になるとよく行ったのがカタルーニャ広場から港まで一直線に延びるランブラース通りであった。
観光客なら誰もが立寄る浅草仲見世通りといったところか。
日本人は睡眠時間減らして目一杯仕事する。スペイン人は睡眠時間減らして目一杯家族と過ごしたりして遊ぶ。と考えるとどちらも睡眠不足は同じということに。
金曜が半ドンで土日が休み。週2日半の自由時間を使って週末はバルセロナの街めぐりとなる。週末になるとよく行ったのがカタルーニャ広場から港まで一直線に延びるランブラース通りであった。
観光客なら誰もが立寄る浅草仲見世通りといったところか。

1991.9.19
バルセロナで最も賑やかで下町繁華街的なランブラース通りではいつもこうして高齢者が夜遅くまで延々とお喋りを楽しむ。カタルーニャ地方の人々が大切にしているのは、まずは家族のこと、そして仲間とのお喋りで決して仕事ではない。

通りにはレストランや土産物店が延々と並ぶ

ランブラース通りにあるサンジュセップ市場
2011年9月27日火曜日
バルセロナ3 バルセロナの休日
第二回目の訪問は1991年9月17日12:20発JAL401でM君と二人で成田を出発。
12時間でロンドンのヒースロー着、そこからイベリア航空でバルセロナに22:00に到着。夜のバルセロナの街路灯風景の中をマジェスティックホテルに着くとすぐに熟睡。
翌朝、提携先の会社のKがやって来てレンタカーがホテルの前に用意され、いきなりこれを運転してKに着いてこいとのこと。市街に出て郊外にある会社(工場)まで向ったが、郊外はどこも高速道路並みに飛ばし速度の感覚が日本とはまるで違う。
提携先の会社でこれからのスペイン生活面について打合せる。ガソリンの入れ方から欧州式ロータリーの曲がり方、駐車の仕方、食事、コインランドリー、宿、買い物など何もかもが日本とは違う。仕事の進め方も日本とは根本から異なる。

市庁舎近くの休日の市 1991.9.21


ピカソ美術館
12時間でロンドンのヒースロー着、そこからイベリア航空でバルセロナに22:00に到着。夜のバルセロナの街路灯風景の中をマジェスティックホテルに着くとすぐに熟睡。
翌朝、提携先の会社のKがやって来てレンタカーがホテルの前に用意され、いきなりこれを運転してKに着いてこいとのこと。市街に出て郊外にある会社(工場)まで向ったが、郊外はどこも高速道路並みに飛ばし速度の感覚が日本とはまるで違う。
提携先の会社でこれからのスペイン生活面について打合せる。ガソリンの入れ方から欧州式ロータリーの曲がり方、駐車の仕方、食事、コインランドリー、宿、買い物など何もかもが日本とは違う。仕事の進め方も日本とは根本から異なる。

市庁舎近くの休日の市 1991.9.21

スペインらしい裏通り

ピカソ美術館

裏通りの住宅
2011年9月25日日曜日
バルセロナ2 市内巡り
バルセロナに来て3日目に初めて仕事なしの市内観光となる。
タクシーで主な市内名所を巡ったが、数日の滞在でバルセロナが判るはずもない。
やはりサクラダファミリアは圧巻であったが、それは名所のほんの一部に過ぎなかった。
サクラダファミリアから見た市街.街の向こうに地中海が拡がる 1991.6.28

初めて見るサクラダファミリア

2011年9月24日土曜日
バルセロナ1 グラシア通り
長い事探していた1990年以降のネガカラーが本日やっと見つかった。
マジェスティックホテルよりグラシア通りを見る。1991.9.26
ガウディ建築の有名なカサパトリョやカサミラが窓から見える。
この日仕事で初めてスペインのバルセロナを訪問。ガウディのサクラダファミリアや街中の建築についてはまだ何も知らなかった。何かがあるらしいくらいの知識しかなかった。
ガウディ建築の有名なカサパトリョやカサミラが窓から見える。
この日仕事で初めてスペインのバルセロナを訪問。ガウディのサクラダファミリアや街中の建築についてはまだ何も知らなかった。何かがあるらしいくらいの知識しかなかった。
今回の数日間のキックオフミーティングから約2年間、日本とバルセロナを仕事で往復する生活が始まった。定宿へ移動するまではいつもグラシア通りにあるマジェスティックホテルを使ったが、近くにはガウティの有名な建築が幾つも並び、窓からあのカサパトリョがよく見えた。がそんなガウディの建築だらけの町であることを知ったのはずっと後で、この時はバルセロナの事前知識がまるで無かった。


グラシア通りに面したマジェスティックホテル


グラシア通りに面したマジェスティックホテル
白シャツ姿が会社のキックオフメンバー
2011年6月29日水曜日
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