2012年4月28日土曜日

Clifftop 2009 - The Canotes Hold Court,

ミディアムテンポでリズムを刻むご機嫌なノリ. Key of G




2012年4月25日水曜日

ワイキキビーチ

いつも写りの悪いコンパクトデジなのに、
ハワイの風景はどれもほんとうに色彩鮮やかに写る。
特に空の紺碧の発色には驚いた。
どうしても紺碧の青色が出ない日本の空はくすんでいるということか。
ワイキキビーチ 画像クリックで拡大
2012.04.14

ホテル(ハイアット・リージェンシー)の目の前に拡がる海岸 画像クリックで拡大

ハイアット・リージェンシー 2012.04.18

2012年4月24日火曜日

新緑の季節

吉祥寺往復の散策が気持ちよい新緑の季節となった。
昨日の寒さと打って変わって今日は格段に暖かい一日。
春の陽気に吉祥寺から井の頭公園まで足を延ばしてみた。

 
千川沿いの春 2012.04.24

住宅街の木々の新緑 吉祥寺北町

井の頭公園から流れ出る神田川

井の頭線 井の頭公園駅

日本の春の色.   いすみ鉄道

2012年4月22日日曜日

オールドタイム フィドル

これぞ今のオールドタイムのリズムで、オールドタイムとはこう弾かなくは、
そんなお手本となる素晴らしいフィドルとバンジョーの演奏。
大好きな曲 “Twin Sisters”が堪らない。
メガネのおばさんのギター演奏がいいな~
そして完璧なクロウハンマーバンジョー弾き!!


Clifftop2010 “Twin Sisters” -Emily, Adam, Beth, Pete, Joe
Key of D


2012年4月20日金曜日

ブログ再開

永いこと冬眠していた「黄色のたまこ」を再開します。
閉鎖の設定をしていた筈なのに何故かローリング・ビーンズさんのブログのリンクから小ブログに入れるのは全く知りませんでした。

ブログの再開は今週初めに撮ったハワイの画像から。
今回のハワイ行きでは全く撮る気が無かったのでかさばるデジ一眼は持っていかずコンデジで撮ってみたが、やはり撮っておいて良かった。
ありふれたハワイの風景でも、やはり写真でみると実物よりも数段に美しい。
そしてハワイのカラフルな被写体を撮ると、日頃の写りが悪いカメラ不満も吹っ飛んでしまいそう。やはりハワイの自然は日本にはない発色なんでしょうね。


ホノルルの夕暮れ(サンセットクルーズ)  2012.04.15

ワイキキ



ハワイ島ヒロ



ハワイ島ボルケーノ公園  2012.04.16

2011年11月3日木曜日

バルセロナ9 サクラダファミリア

いつも見に行くのは東側の生誕ファザードで、
これとは全く異なる西側の受難ファザードはほとんど見ることがなかった.
東側 誕生のファザード中央部のハトが居る木 1991.9.21
鳩がいる木
渡り通路から東南方向を見る
ファザード正面に拡がるバルセロナの街.遠くに地中海が拡がる. 


2011年11月1日火曜日

バルセロナ8 サクラダファミリア

1991年9月のサクラダファミリア。
中央部にクレーンが2基立っていて内部は工事真っ盛り。

東側の生誕のファサード   1991.9.21

東側の生誕のファサード

2011年10月31日月曜日

バルセロナ7 工事中のサクラダファミリア

東側 生誕のファサードの裏側の内部工事 1991年6月
確か東側に工事現場用みたいなエレベータが付いていて
帰りは螺旋階段で下りてきた。

西側 受難のファサード 工事のクレーン鉄塔
タクラダファミリアの第一印象はこの巨大クレーンであった。

西側のクレーン鉄塔


西側脇の小塔はかなり出来ていた

2011年10月30日日曜日

バルセロナ6 尺度1/25のサクラダファミリア

東武鉄道が5年の歳月と28億円掛けて1993年4月に完成した東武ワールド。
この模型がモデルとしたのは丁度あの1990年代初頭の工事の姿であった。
実物は今やメインとなる大聖堂も完成し、かなり外観が変わってきてあと15年ほどで完成。で当時のサクラダファミリアをこれからアップしてみます。

アントニ・ガウディの最大の建築サクラダファミリアはバルセロナで最も通った名所だった。


東武ワールドスクウェアの尺度1/25のサクラダファミリア  2011.10.29

 
西側の受難のファサードから入門し、裏側に廻ると東側に生誕のファサードがある.
 
内部は工事中で、2026年完成まではこの時点から何十年も先なのだ.



2011年10月29日土曜日

バルセロナ5 街中のガウディ建築

バルセロナの街の中にはアントニ・ガウディ建築がいたるところに。
ホテルの近辺にも代表的な建築があり、内部は事務所やブティックなどごく普通に使われているのが凄い。毎晩夜のベッドから窓ごしに見えた青白くライトアップされたカサパトリョの夜景が忘れられない。

グラシア通りにある代表的なカサミラ      1991.9.23

これもグラシア通りにあるカサパトリョ      1991.9.23

2011年9月28日水曜日

バルセロナ4 ランブラース通り

会社は7:30始業で9時に15分休憩があり13時から1Hの昼休みで5時に終業する。夏時間で夜9時頃が日本の夏の夕方6時頃の感じで、夜10時頃からレストラン等も本格稼働し人出がピークとなり深夜1~2時まで賑わっている。では朝が遅いのかというと、そうではなく朝の通勤時間ピークは真っ暗な7時頃であり彼等は一体何時間寝ているのか。
日本人は睡眠時間減らして目一杯仕事する。スペイン人は睡眠時間減らして目一杯家族と過ごしたりして遊ぶ。と考えるとどちらも睡眠不足は同じということに。

金曜が半ドンで土日が休み。週2日半の自由時間を使って週末はバルセロナの街めぐりとなる。週末になるとよく行ったのがカタルーニャ広場から港まで一直線に延びるランブラース通りであった。
観光客なら誰もが立寄る浅草仲見世通りといったところか。

1991.9.19
バルセロナで最も賑やかで下町繁華街的なランブラース通りではいつもこうして高齢者が夜遅くまで延々とお喋りを楽しむ。カタルーニャ地方の人々が大切にしているのは、まずは家族のこと、そして仲間とのお喋りで決して仕事ではない。
通りにはレストランや土産物店が延々と並ぶ
ランブラース通りにあるサンジュセップ市場

2011年9月27日火曜日

バルセロナ3 バルセロナの休日

第二回目の訪問は1991年9月17日12:20発JAL401でM君と二人で成田を出発。
12時間でロンドンのヒースロー着、そこからイベリア航空でバルセロナに22:00に到着。夜のバルセロナの街路灯風景の中をマジェスティックホテルに着くとすぐに熟睡。
翌朝、提携先の会社のKがやって来てレンタカーがホテルの前に用意され、いきなりこれを運転してKに着いてこいとのこと。市街に出て郊外にある会社(工場)まで向ったが、郊外はどこも高速道路並みに飛ばし速度の感覚が日本とはまるで違う。
提携先の会社でこれからのスペイン生活面について打合せる。ガソリンの入れ方から欧州式ロータリーの曲がり方、駐車の仕方、食事、コインランドリー、宿、買い物など何もかもが日本とは違う。仕事の進め方も日本とは根本から異なる。


市庁舎近くの休日の市 1991.9.21

スペインらしい裏通り

ピカソ美術館
裏通りの住宅

2011年9月25日日曜日

バルセロナ2 市内巡り

バルセロナに来て3日目に初めて仕事なしの市内観光となる。
タクシーで主な市内名所を巡ったが、数日の滞在でバルセロナが判るはずもない。
やはりサクラダファミリアは圧巻であったが、それは名所のほんの一部に過ぎなかった。

サクラダファミリアから見た市街.街の向こうに地中海が拡がる 1991.6.28

サクラダファミリアから見た市街.モンジエックの丘方面を見る

初めて見るサクラダファミリア


2011年9月24日土曜日

バルセロナ1 グラシア通り

長い事探していた1990年以降のネガカラーが本日やっと見つかった。
もう20年も経ってしまったが、懐かしいバルセロナの街を写真で記録してみる事にした。詳細は別途とし、主な風景で日記を追いかけてみることにしよう。

マジェスティックホテルよりグラシア通りを見る。1991.9.26
ガウディ建築の有名なカサパトリョやカサミラが窓から見える。

この日仕事で初めてスペインのバルセロナを訪問。ガウディのサクラダファミリアや街中の建築についてはまだ何も知らなかった。何かがあるらしいくらいの知識しかなかった。
今回の数日間のキックオフミーティングから約2年間、日本とバルセロナを仕事で往復する生活が始まった。定宿へ移動するまではいつもグラシア通りにあるマジェスティックホテルを使ったが、近くにはガウティの有名な建築が幾つも並び、窓からあのカサパトリョがよく見えた。がそんなガウディの建築だらけの町であることを知ったのはずっと後で、この時はバルセロナの事前知識がまるで無かった。



グラシア通りに面したマジェスティックホテル
白シャツ姿が会社のキックオフメンバー

2011年6月29日水曜日

井の頭線の紫陽花

6月中頃に咲き始めた井の頭線の紫陽花も、
そろそろ梅雨明けで精彩がなくなったようだ。


井の頭線の紫陽花が咲き始めた頃. 井の頭公園 2011.6.13

2011年5月4日水曜日

吉祥寺音楽祭

吉祥寺に買い物にふらっと行ったところ、街の中は大変な人出であった。
5月の連休は、連日街の各所でライブが開催される「吉祥寺音楽祭」のことをすっかり忘れていた。駅前ステージでは、山野楽器音楽教室の先生達によるチェロ・カルテットが聴けた。